2009年9月24日 (木)

競り勝ち連勝

<エンゼルス2-3ヤンキース>◇23日(日本時間24日)◇エンゼルスタジアム

 ヤンキース松井秀喜外野手(35)は7日のレイズ戦以来となる「4番DH」で先発し、3打数無安打1四球だった。相手先発は今季途中にレイズから 移籍した左腕カズミアー。安打は放てなかったが、4回1死二塁で四球を選び3点先制につなげた。チームはそのまま連勝を収め、難敵エンゼルスとの今季対戦 は5勝5敗で終了。プレーオフで対戦する可能性もあるだけに「今日も1点を争う試合でしたから、争いに勝ったというのは非常にいい試合だったと思います」 と価値ある1勝を強調した。

 [2009年9月24日 日刊スポーツ]

松井も復活しましたか

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2009年4月15日 (水)

昭和55年会

プロ野球昭和55年会(横浜・村田会長)が、5月5日のこどもの日に小学生など計55人を球場に招待することになった。当日は東京ドーム、神宮、ナゴヤドーム、西武ドーム、千葉マリン、京セラドームと6球場で試合が行われるが、村田は「1人でも多くの子供たちが球場で見て野球の魅力を伝えられればいいですね」と声を弾ませた。

 松坂はじめ村田、杉内ら各チームの中心として活躍する選手が多い昭和55年会は、これまでも小学生を対象にした野球教室などイベントを開催してきた。今年は村田、東出らが中心となって小学生を各球場に招待するプランを企画。選手たちが“自腹”で子供を招待して、野球の楽しさを知ってもらおうというものだ。右太腿裏の肉離れでリハビリ中の村田は5月下旬に復帰予定だったが、驚異的な回復力で15日のイースタン・ロッテ戦(浦和)にDHで出場予定。「こどもの日までに戻れればいいですね」と表情は明るく、当日を心待ちにしていた。(スポニチ)

昭和55年生まれが集まってるんですか?

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2009年3月12日 (木)

W杯招致登録書提出

日本サッカー協会は12日、理事会を開き、2018年と22年のワールドカップ(W杯)を招致すると明記した「招致登録書」を16日の期限までに国際サッカー連盟(FIFA)に提出することを承認した。田嶋幸三専務理事が招致活動の作業チームのリーダーになることも決定。4月にも招致委員会を設置し、本格的に活動を始める。

 登録書提出は招致手続きの途中段階で、12月11日が期限の「招致契約書」をFIFAに提出した時点で正式な立候補となる。両大会に手を挙げることが可能で開催地は来年12月に同時に決まる。

 理事会ではこのほか、元日本代表の沢登正朗氏、秋田豊氏らをJリーグの監督になるために必要な公認S級コーチとして認定した。

サンスポ

イロイロ回りくどい手続きがあるんですねぇ

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2008年12月27日 (土)

練習打ち上げ

レイズ岩村明憲内野手(29)が26日、神宮室内練習場で今年最後の練習を行った。2時間の軽めのメニューだったが、「球が重く、練習の中で筋力アップを図れる」とソフトボールでティー打撃を行うなど、底冷えの中で薄着1枚で元気に動き回った。今オフは巨大補強のヤンキースが話題を独り占めにするが、「ボストン(レッドソックス)も含め、また3チームでプレーオフを争うことになる。とにかく来年が本当の勝負になる」と、同地区のライバルに対抗心を燃やした。年末年始は故郷の愛媛・宇和島で過ごし、1月中旬から沖縄での自主トレで本格始動する。

 [2008年12月26日 日刊スポーツ]

え。休むの?

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2008年11月30日 (日)

89場所

土俵生活15年目の苦労人が関取の座をつかんだ。大相撲九州場所で7戦全勝を遂げた幕下10枚目の琴国(本名作田幸寛、佐渡ヶ嶽部屋)が、初場所番付編成会議で十両昇進を決めた。
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 所要89場所は、史上2位のスロー出世。遅咲きの30歳は「本当に長かった」と、しみじみと喜びを語った。

 岡山県真庭市出身。中学時代は野球部だったが、助っ人で参加した相撲大会で優勝したことがきっかけで相撲界の門をたたいた。

 付け人として、身の回りの世話をした関取は8人になる。「あと1年で関取になれなかったら、やめる」と半ば引退も覚悟していたが、九州場所前に故郷で行われた巡業が奮起のきっかけとなった。地元のファンに「まだ十両に上がるのをあきらめていない」と告げた。そんなことを言うつもりはなかったのに、故郷の熱気に思わず口から出た。

 もともと1メートル86、157キロの恵まれた体格。迷いを捨て、思い切って前に出たことが好成績につながった。

 新十両昇進が決まった26日は、昨年夏に他界した先代佐渡ヶ嶽親方(元横綱琴桜)の誕生日だった。「バカ野郎、遅いよ」。そんな声が聞こえた気がした。(藤田真則)

2008年11月29日15時06分  読売新聞)
 
相撲界、裏ではドロドロですよね。

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2008年10月18日 (土)

メジャー初の予選通過

 ゴルフ・日本オープン第2日(17日・福岡古賀GC=6797ヤード、パー71)――1バーディー、2ボギーで回った片山晋呉が通算2アンダーとし、首位で並んでいたブレンダン・ジョーンズ(豪)に1打差をつけて単独トップに立った。

 17歳の石川遼は3バーディー、2ボギー、1ダブルボギーの通算イーブンパーで3位に浮上し、メジャー大会で初めて予選通過。藤田寛之が6番パー3で、岩田寛が17番パー3でホールインワンを達成した。

 通算13オーバー、55位までの60人が、18日からの決勝ラウンドに進んだ。

2008年10月17日19時15分  読売新聞)
 
楽しいだろうなぁ。今。

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2008年7月 2日 (水)

雄姿

4年ぶりの地元で凱旋(がいせん)弾だ。広島が4番の活躍で横浜との接戦を制し、再び借金を1とした。1点差に迫った4回、1死から栗原が横浜ウッドのスライダーを完ぺきにとらえる同点9号ソロ。チームは7回に勝ち越し、そのまま逃げ切った。山形出身の栗原は一発を含む猛打賞。駆けつけた母、故郷のファンの前で雄姿を披露した。また、大竹が粘りの投球で5月26日以来の3勝目。今日、チームは再び5割に挑む。

 その打球が赤く染まった左翼席に入ったのを見届けると、栗原は悠然とダイヤモンドを1周した。4年ぶりの地元での試合。1-2の4回、1死走者なしの場面。カウント0-1から甘く入ったスライダーを見逃さなかった。「ランナーに出てチャンスを作りたかった。センター方向を意識した。前回の山形ではいいところを見せられなかったので、いい結果を出せてホッとした」。

 04年の山形シリーズでは2試合で6打数無安打3三振。この日は母、弟、後援会の「山形健太会」のメンバーなど総勢130人以上が駆けつけた。関係者でなくても、スタンドを埋めた子どもたちは「栗原」コールに声をからした。「プレッシャーはありました」。どうしても打ちたい。その意識が初回の左前打につながった。難しいチェンジアップを強くたたいた打球は、三塁手のグラブをすり抜けた。1本でても、本塁打が出るまでは落ち着かなかった。「みんなそれしか期待していないでしょ」。この球場(YZ・タカスタ=山形県野球場)で本塁打を放つのは高校3年の春以来。9号ソロは貴重な同点弾であるとともに、故郷の人々にささげる一発にもなった。

 試合開始2時間前にはバックネット裏に母・順子さん(54)の姿があった。山形県天童市で焼き肉店を営む母。「4番って重いですよね。本人は何も言わないですけど」。グラウンドで練習する息子の姿をじっと見つめながら、順子さんは話し出した。「今年から4番になって、なかなか打てなかったじゃないですか。仙台(楽天戦)の試合を見に行った時思わず『大丈夫か。ファンの人から物をぶつけられたりしてないか?』って声をかけたんですよ。あの子は笑っているだけでした」。試合後、お立ち台で「ただいま」という息子の姿を見つめる母の目は、心なしか少し潤んでいるようにも見えた。

 3位巨人が敗れたため再び0・5差。今日にも3位浮上と5割を同時に達成する。「今日は栗原にとっていい1日だった。打撃も守備もよくやってくれた」とブラウン監督。「たくさんの人が応援に来てくれて、うれしいですよね」。思い出の詰まった球場での本塁打。その喜びをかみしめながらバスに乗り込む栗原を、数え切れない子どもたちがまるで出迎えるように見送っていた。【網 孝広】

日刊スポーツ

タカスタっていうんだぁ

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2008年5月21日 (水)

ゴキゲン朝青龍

「大相撲夏場所10日目」(20日、両国国技館)

 「面白くなってきたねえ」と朝青龍はご機嫌だった。春場所で苦杯をなめた琴奨菊を慎重な攻めから寄り切り。「先場所のことがあったから出足を止めて自分の流れを作った」と、いつにも増して冗舌。白鵬に土がつき全勝は琴欧洲一人になったが、11日目の相手はその琴欧洲。「相手の四つにならないようにいった方がいいね。(相手が)全勝だから逆に楽しみだよ」。流れが朝青龍に向いてきた。

デイリースポーツ

すごいお偉いさんみたいですよね

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2008年5月14日 (水)

疲れ目立つ

清水1―0鹿島(J1=11日)――2003年7月以来負けたことのなかった清水に逃げ切られ、鹿島はリーグ戦6試合連続で勝ち星なし。

 7日のアジアチャンピオンズリーグ(ACL)で大勝しても、悪い流れは断ち切れていなかった。

 その原因は、やはり疲れ。中3日の鹿島は序盤から動きが重い。攻撃が手詰まりになってサイドを変えようとすると、甘いロングボールを狙われ、逆に清水に鋭い速攻を許す悪循環となった。

 24分の失点も鹿島のCKから。カウンターで一気に5対5の状況を作られ、左クロスから清水の新人MF本田にプロ初ゴールを決められた。3日の川崎戦と同じパターンの失点。MF青木は「クロスの前に止めなければいけなかった」と悔やんだが、今の鹿島には、あまりに重い1点だった。

 後半、運動量の落ちた2列目の2人を一気に代える荒療治で猛攻につなげたが、MFダニーロのシュートはポストを直撃。パワープレーで前線に張り付いたDF岩政のヘディングシュートも、枠を外れた。

 明るい材料は腰を骨折していたDF内田の復帰と、次の柏戦まで中5日空くことくらいか。普段は弱音を吐かない岩政も、さすがに力無く漏らした。「まずは休まないと」――。(青柳庸介)

2008年5月11日20時24分  読売新聞)
 
疲れたまっちゃうのかなぁ

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2008年4月28日 (月)

国際バスケット連盟

 国際バスケットボール連盟(FIBA)は28日までに、3点シュートラインを、現在のバスケットまでの6・25メートルの地点から6・75メートルの地点に変更することを決めた。

 ゴール下の制限区域は、現在の台形型から長方形とする。いずれも、世界選手権など最高レベルの大会では、2010年の世界選手権後から採用される。(共同)

SANSPO.COM

バスケも何気にルール変わったりしてるのかなぁ

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